私はわざわいを恐れません

詩篇23

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「草はしおれ、花は散る」(イザヤ40:7、Ⅰペテロ1:24)。この聖書の言葉が、最近、目について仕方がありません。旧約聖書にも新約聖書にも出てくるみことばなので、読む機会が多いと言えばそうなのかもしれませんが、いまの世界の現状を預言するような響きに、考えさせられてしまいます。

 5月になりました。新緑の眩しい季節です。例年ならゴールデンウィークで、自然を満喫していたはず。けれども今年は外出できません。

 私たちは、つい最近まで、先進国である日本が、流行り病に揺さぶられるなんて、想像もしていませんでした。科学は日進月歩、私たちは現代の医療に安心し、それを拠り所として生きていました。でも今、世界中であまりにも多くの人が死に直面しています。

 また、景気は安定し、とくに名古屋はリニアに、ビル開発にと、明るい未来を描いていました。今年はオリンピックも開催されるはずで、その需要も見込めると思っていました。

 けれども、草はしおれ、花は散る。私たちの生きる社会はなんて脆く、私たちの身体もなんて儚いものでしょうか。そこそこ元気に生きていた人が、不幸にもウィルスに感染して、あっという間に命を落とす報道を、私たちは今、見聞きしています。

 聖書は、人間を、神に造られた尊い存在だと語る一方で、弱い不完全な存在だとも語っています。人は、自分の能力だけでは生きていけず、神の守りが必要不可欠。神の愛と神の保護に囲まれ、その神を頼って生きる、それが人間の幸せなのだと聖書は語ります。そんな人と神との関係を、美しく描いたのが、今日、お読みした詩篇23篇です。

 詩篇23篇は、人を羊に、神を羊飼いにたとえて歌った賛美です。羊は野生では生きられません。たまに羊飼いのもとから脱走しても、生き延びられず死んでしまいます。私たち人間も、自分の力だけでは生きていけない。だから、神という羊飼いが必要なのです。そしてその羊飼いの守りがあるから、私たちは安心して生きていける。

 今日の説教題は「私はわざわいを恐れません」。そう断言できる秘訣を、この詩篇の作者は、どのように得たのでしょうか。

 1節、詩人は「主は私の羊飼い」と告白したあとで、いきなり「だから私は乏しいことがない」と言います。この詩人は乏しかったのです。乏しさという問題に直面していて、悩み、苦しみ、祈る中で、いや大丈夫だ、私は羊のように弱い存在だけど、主が私の羊飼いだから、私は、その羊飼いの保護のもとで、いっさいの必要を満たされるではないか、そう気づかされます。

 私たちも今、乏しさに陥っているのではないでしょうか。仕事が減り、また仕事の仕方や、当たり前のライフスタイルの変更を余儀なくされ、満足できない。また人と顔を見て話すことも、帰省もできない。世界中が乏しさに直面しています。医療現場では物資もなく休む間もない。家族が罹患して重症になっても見舞えない。死に際にも会えない。貧しさの中、戦ってきた人々は、今、さらなる貧困にあえいでいます。

 しかし、主は言われます、「わたしはあなたの羊飼いだ」。

 でも、私たちも言い返したくなります、「主よ、この世界の惨状をご覧になりましたか。あなたは責任をどう取ってくださるというのですか」。

 動物を飼う飼い主は、その動物のすべてに責任を持ちます。食事も排泄もすべて面倒を見、病気になったら病院へ連れて行き、治るためならどんなに高額でも治療費を払い、決して放置しない。飼い主は、動物のお父さんお母さんとなって、毎日世話をし、飢えたり病気にならないよう、絶えずケアをします。そのような飼い主が私たちのそばにいて、しかもその方は、全能の神なのです。

 詩人はそれに気づいたとき、告白します、6節「まことに私のいのちの日の限り、いつくしみと恵みが、私を追って来るでしょう。私はいつまでも、主の家に住まいます」。

 自分の目の前にある問題に、神がどのように解決を与えてくださるのか、分からない。でも、この問題にしても、またこれから続く人生の、どのような場面においても、神は私の飼い主だから、神からいつくしみと恵みが注がれ続ける。この安心こそが、どんな乏しさにも勝るもの。それゆえ「私はいつまでも、主の家に住まいます」、決して神のもとから離れないと、詩人は告白するのです。

 この詩は豊かな自然の中で生まれた詩ではありません。詩人の生きるパレスチナ地方は、過酷な乾いた土地で、水不足に悩まされるところです。けれども羊は草を食べ、水を飲まなくては生きていけません。どちらが欠けても、命の危険に直結します。水も草もほとんど見いだせない中で、有能な羊飼いは、草の茂る場所と水の湧くところを見つけ出し、そこに羊を連れていくのです。そして羊は命を守られる。羊にとって、羊飼いだけが命綱です。羊飼いの存在が、彼らの命の保証です。

 私たちはこれまで、自分で自分の命を守ることができると、どこかで過信していました。でも今、社会に蔓延するウィルスの治療薬もワクチンもまだ手にできていない。ある人にとっては、罹患する以前に、経済破綻によって、命が危ぶまれている。

 けれども主は言われます、「わたしはあなたの羊飼いだ」。そして、緑の牧場に伏させ、いこいのみぎわに伴うと語られる。全能の神がそうおっしゃるのですから、私たちは、自分のことも、世界の苦しみも、御手にゆだねて祈ることができます。

 主イエスはおっしゃいました、「わたしはあなたがたに……わたしの平安を与えます。わたしは、世が与えるのと同じようには与えません。世にあっては苦難があります。しかし勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝ちました」(ヨハネ14:27、16:33)。飼い主なる神さまが与えてくださるのは、乏しさといのちの危険に直面する中でも、神さまがいるから大丈夫という絶対的な安心です。この安心感のもと、伝道者パウロは、度重なる迫害の中で、苦難も、苦悩も、迫害も、飢えも、危険も、キリストの愛から自分を引き離すことはできないと告白しました。

 詩篇23篇を歌った詩人も、同じ告白をしています。5節「私の敵をよそに、あなたは私の前に食卓を整え、頭に香油を注いでくださいます。私の杯はあふれています」。敵に囲まれたら、普通はのんびり食べてなどいられないのです。詩人は、自分が抱えるその悩みを、「まるで敵に囲まれているようなものだ」と感じながら、でもその試練の中で、神さまは、試練に押し潰されてしまわない余裕を私に与えてくださると告白します。

 いま、私たちは何に渇き、何に飢えているでしょうか。自分の命を危うくしているものは何でしょうか。自分を取り囲んでいる敵とは何でしょうか。羊飼いなる主なる神は、私たちの渇きを癒やし、飢えを満たしてくださいます。また、苦しみに対峙し続ける中でも、心に平安と勇気を与えて、それを乗り越えるようにしてくださいます。

 しかし、それを信じ切れない弱さも私たちにはあるのです。

 イエスさまはある時、100匹飼っていた羊のうち1匹がいなくなってしまった羊飼いの物語を話されました。野生では羊は生きられない。帰って来なければその羊は死ぬ。それで、羊飼いは必死になって、その一匹を探すのです。そして連れ戻します。

 私たちも羊飼いを信頼しきれず、教会を離れることはなくても、精神的に信仰から距離を置くことがある。けれども3節「主は私のたましいを生き返らせ、御名のゆえに、私を義の道に導かれます」。主が、信仰を回復させてくださいます。

 さらに、霊的な意味における死だけでなく、今のこの状況のもと、肉体的な死も、私たちと無縁とは言い切れません。「死の陰の谷」に足を踏み入れる危険もあるのです。

 もちろん、新型コロナウィルスが蔓延していてもいなくても、皆、いつ死ぬのかは分かりません。

 たとえ、死の陰の谷を歩むとしても、私たちはわざわいを恐れる必要はありません。なぜなら、主がいつも共にいてくださるから。死ぬその瞬間も、そのあとも、主は私たちから離れません。死の陰の谷に、主の臨在という光が、私たちを勇気づけるだけです。

 主という羊飼いとともに歩む、苦難を凌駕する歩み。それを支えてくれるのは、羊飼いのむちと杖です。羊飼いは、むちで、羊を襲う獣を追い払い、杖で、道をはずれそうな羊を連れ戻します。

 主イエスが、私たちという羊を守るために使われるむちと杖とは、聖書のみことばです。

 「草はしおれ、花は散る」。このみことばは、「しかし、主のことばは永遠に立つ」と続きます。

 私たちの生活も、私たちの人生も、私たちの期待も、予定も、健康も、私たち自身も、いつかはしおれ、散ります。けれどもみことばは永遠に立ち続ける。そして私たちは、何もかもがしおれる中に置かれたとしても、散ることのない希望を握り、しおれない未来を掴んでいるのです。

 今日からまた新しい1週間が始まります。この週、また何が起こり、どんな変化があるか、分かりません。でも私たちは一人ではない。主イエス・キリストが私たちの羊飼いとして、一緒にいて、生活のすべてを守り導いてくださいます。

 主のみことばを日々、聞いて、そのみことばに守られながら、私たちも今週、詩篇23篇の作者のように、「私はわざわいを恐れません。あなたがともにおられますから。まことに私のいのちの日の限り、いつくしみと恵みが、どこまでも、追いかけてくる」と賛美する者となるのです。

お祈りいたしましょう私たちの羊飼いなる神さま。あなたの守りを感謝し、信頼し、あなたに今週もついて行きます。

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